INT.AM.JKC.CH. Secret Garden Song Of Songs キャスパー
キャスパー伝説
ボルゾイキャスパーとエミール
ベストフレンド、エミールと

出逢い

近畿インターナショナルドッグショー

近畿インターナショナルドッグショーにて

キャスパーとの出逢いは、1994年の2月、ウエストミンスター展に行った時です。ホテルで、入口から入ってきた雪の妖精のようなボルゾイに出会った瞬間、心が凍えるような衝撃が走り私は思わずひざまずいてしまいました。これこそが夢でした。何年も何年も探し求めていたベルサリウスの後継犬、震える指先で「触ってもいいですか?」とおずおずと、その顔に触れました。ボルゾイを超越した完璧な美しさでした。・・・それがキャスパーでした。数年もの交渉の結果やっと、憧れ熱望したキャスパーが来日し、やがてキャンペーンが始まり、FCIアジアインターではグループ1まで勝ち抜き、そしてFCI近畿インター、FCI北関東インターにボルゾイ史上、初のベストインショーを二度に渡り獲得!日本のトップジャッジの方々はもとより、特に記するべきは、来日した外国人審査員全ての方々からの受賞と、AJシステムのランキングにおいてオールブリードNo.1の栄誉に輝き、誇り高い名誉を戴きました。

壮絶な闘病

FCIアジアインターナショナルドッグショー

FCIアジアインターナショナルドッグショーにて

7月10日はキャスパーの誕生日でした。同日、奇しくも1999年の本部展で共にBOBを勝ち取ったミッシーとの間にたった一頭の牝の子が生まれました。まるで我が子の誕生を確かめるように、この日一挙にキャスパーは、身体中の血を逆立てたのです。同日の深夜、血液検査の結果は経験豊富な獣医の先生方さえも生まれて初めて目にする数値に愕然とするばかりでした。翌日、大学病院での検査で・・・頭の中が真っ白になり、何をどう考えて良いのか分かりませんでした。信じられませんでした・・・。私達には、どこでキャスパーを見取ってあげるかの選択しか残されていなかったのです。どうしてあげることがキャスパーにとって一番良い事なのか、少しでも楽にしてあげられるのか、私達は話し合い、悩んだ結果・・・金塚ハンドラーのもとにキャスパーを戻すことに決めました。一番慣れ親しんできた場所だったからです。

キャスパー

金塚家はもとより、アシスタントのゆう子ちゃんは自分が寝てしまったうちにキャスパーが動き回ると点滴の留置針が外れるからと、キャスパーの足の間に自分の足を入れ、寝ていてもすぐに気づく様に何日間も、昼も夜も一緒に過ごしてくれました。・・・留置針だけが命をつなぎ止める絆だったのです。・・・叶わぬ奇蹟を願いながらも私達は覚悟しておりました。でも、でも本当に奇蹟は起きたのです!!!獣医さん達による連携プレーと、化学療法、自然療法と考えられる全ての力を注ぎ、キャスパーに携わってくださった人々の熱い心を支えに、キャスパーの数値が驚異的な勢いで回復して来たのです!私達は胸を躍らせ「立ち直りますね、何とかなりますよね、良くなりますよね!?」と畳み込むように問いかけ獣医さん方も「もしかしたら・・・」と言ってくださいました。やがて遠征の準備をしている皆の様子を見ていたキャスパーは、何と車の中に走って行き、さも、自分も一緒に行くんだとばかりに指定席のベッドに得意気にチョコンと乗って待っているのです。キャスパーがオーナーの家に帰る日、ゆう子ちゃんが電話で「大関さん、もしかしたら本当にキャスパーは治るかもしれません、今のままだったら絶対大丈夫です!お願いですキャスパーを絶対、死なせないでください!お願いします・・・」最後の言葉はお互いの涙だけでした。金塚ハンドラーが名嘉眞さんのもとに連れて来てくれた夜、皆で公園に散歩に行きました。キャスパーは本当に嬉しそうにテールを振りながら楽しそうでした。リードを手にした名嘉眞さんのホッと安心したまなざしが優しくキャスパーをつつんでいました。しかしキャスパーの壮絶な戦いは続いていたのです。翌日曜日、昼間首をかしげる様な不安なことが続き、夕方の診断後のことです、夜10時過ぎでした。名嘉眞さんから電話で「大関さん、キャスパーが、キャスパーがおかしいんです!動かないんです!」キャスパーの様態が急変したのです!私達はキャスパーを抱きかかえて病院に走り、最後までありとあらゆる力を尽くしてみましたが・・・キャスパーは戦って戦って、最後にキューンという一声を残し、名嘉眞さんの腕の中に抱かれて息を引き取ったのです。後は、残された私達の「キャスパー!キャスパー!キャスパー!!!・・・」泣き叫ぶ声で時間が止まったままでした。きっとキャスパーはオーナーの名嘉眞さんに挨拶をしに帰って来たのです。きっと、最後に一緒に過ごしたかったのだと思います。涙でクショクショになった名嘉眞さんの横顔は、まるで我が子を抱く母のようでした。

未来

キャスパー

今、私達はキャスパーの生まれ変わりであるような、彼とミッシーとの間に生まれた、たった一頭の牝の子に両親から一文字ずつをもらい、キャッシーと名付け私達の夢を引き継いでくれるものと信じ、愛おしんでおります。・・・そして、残されたキャスパーの子供たちが、紛れもなく本物であることが実証される日も近いと信じております。もう既に何頭もの子供達がチャンピオンを完成しております。これからもキャスパーの貴重な血統を受け継いだ子供達を見守って行くことを約束いたします。


感謝

キャスパーは生命の儚さ、哀しさ、尊さを沁みとおるような思いで教えてくれました。私達はボルゾイとして完璧な美しさを誇示し去って行ったキャスパーに心からありがとうを、そして、さようならを告げたいと思います・・・。又、この一年間だけは、まだ生きていると思いたい私達の気持ちだけで誰にも話せずにいたことにお詫び申し上げます。そして、何よりもオーナーの名嘉眞さん御夫妻の大きな愛情に、深い尊敬と敬意を表します。

最後にキャスパーを見守り愛してくださった全ての友人に・・・この美しいボルゾイに素晴らしい評価をくださった審査員の先生方に、キャスパーに携わってくださった獣医の先生や後援してくださった全ての方々に・・・心から感謝を伝えたいと思います。・・・ありがとう御座いました。

大関京子

ボルゾイ名犬ファイル 【キャスパー】ベルサリウス写真館へ